美咲の曼荼羅ブログ

人間と自然、日本と世界、地球と地域、女と男などの臨界点を見据えながら、日々の出来事を綴るブログ

モノからコトの世界が始まる〜 いまなぜ南方熊楠なのか(その2)

美咲です。

ご無沙汰しております。

いま考えているのは、どのように南方曼荼羅を自分の中に取り込むかということです。南方曼荼羅の中でとても大切なのは、前回のコラムで話した「萃点」です。”萃点”はすべての人々が出会う出会いの場、つまり交差点みたいなものです。多様なものが、お互い異なるものが、お互いにそこで交流することによって、もしくはぶつかることによって影響を与える場。それが”萃点”です。萃点は中心ではありません。中心にあると、命令・指令することになりますから。しかもこの”萃点”は移動するのです。この萃点がつまるところ謎解きの鍵となっていきます。

南方曼荼羅は紙に描かれているので一見平面に見えますが、本当は立体です。だからわたしにとって、南方曼荼羅は宇宙そのものなのです。この思想をどう自分の中に取り込めばよいのか、なぜ今南方熊楠の思想にヒントを得るべきか、根拠を考えていたのですが、南方の思想は広く、深く、しばらく森の中に迷った状態になってしまいました。混乱してしまっていたのですが、いつまでも一人でじくじくと考えていても仕方ないし、失敗したっていいやと、多少乱れたっていいじゃないのと開き直った今回のブログの更新です。なので、今日はわたしなりに南方熊楠の思想がなぜわたしたちの未来のパラダイム転換に重要な貢献をなすのかをさらに追求します。

キーワードは、「物(モノ)」、「心(ココロ)」、「事(コト)」です。パラダイム転換の言葉の説明に関しては、最後の脚注をお読みください。*1下記の図は、南方熊楠が、真言宗の高僧・土宜法竜にあてたものです。

f:id:glocalmisaki:20161026033025j:plain(上記図の出典:『南方熊楠 土宣法竜 往復書簡』p46)

 南方熊楠は、宇宙には事不思議、物不思議、心不思議、理不思議があると言っていました。近代科学が比較的うまく処理しつつあるのは、物不思議です。物不思議というのは、人間の意識と離れて存在するモノの客観的法則をさしています。心不思議は、人間の意識にかんする法則です。そして、南方熊楠がもっとも関心をもったのが、物と心との相互作用の結果として生ずると定義した事不思議にかんする法則です。*2

さて、いまなぜ南方熊楠なのか。そもそも今、時代は転換期にあるのかどうか、これからその根拠をお話しします。いまわたしたちが新たな時代を迎えようとしているかどうかは、それは後にならないと証明できないのかもしれませんが、先日アメリカ次期大統領にトランプ氏が選ばれ、あぁこれから世界情勢や経済は変わっていくだろうなぁ、これは何かの節目かなと感じている方も多いでしょう。

そもそもなぜ今なのか?の問いに答えてくれるポイントを以下に絞りました。

今は、

  1. モノを所有することが幸福のシンボルでなくなってきている。
  2. お金の価値が変化してきている。つまり、貨幣には実体がなく、信用にこそ実体ができるようになってきた。
  3. 「モノ」から「ヒト」もしくは「モノ・語り(物語)」を売る時代になってきた。つまりこれからはあなたの生き方自体が商品になっていく。
  4. 技術の変化が世界的に雇用や失業に影響を与えていると議論されている。IT革命によってロボットやコンピュータに代替される仕事が増えていくと予想されている。
  5. 長寿化社会が訪れる。ヒトは百年近く生きるようになれ、これまでのライフプランが通用しなくなる。

これらについて話してから、南方熊楠の思想がなぜ現代のわたしたちの思考エンジンに火をつけてくれるかお話します。そのポイントは以下のとおりです。

  • 南方熊楠は欧米のマネではなく、独自のビジョンを打ち出した。
  • 変で、いい。世間の前例や常識を疑った生き方をつらぬいた。
  • 地球はひとつ、されど己が住むところにおいてその地球をとらえた。
  • 自然の循環の法則を取り入れた新しい技術の開拓をめざした。

 

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では、なぜ今が時代の転換期なのか、まずそのポイント内容を話していきましょう。

1.「モノ」が幸福の象徴でなくなる時代へ

最近までの消費動向をどうなっているか見てみましょう。

20世紀後半の高度成長、大量消費・大量生産の時代は、幸福は買い物リストを埋めていくことでした。高価なブランド服、高級車、マンションまたは家を購入し、買い物(モノ)リストを埋めていくことが幸福の証とされていました。けれども、いまは市場で求められていくモノの価値基準が変わってきています。

新しい、見た目がいい、高級である、といった価値よりも、関わっている人の顔が見えるもの、信用/信頼できる、長く使える、公益的といった価値に重きが置かれるようになってきています。人々の消費の在り方が変わってきたようです。*3明らかに後者の方が本質的な消費だということがわかります。「モノ」が幸福のシンボルでなくなってきています。

さらに昨今シェアやレンタルが当たり前になってきました。シェア住居の広がり、Airbnbなどの海外の見知らぬ人のうちに泊まるシェアリングサービスなど共有を前提とした社会が到来してきているのを肌で感じてる人も多いでしょう。モノは共有する時代になったのです。

消費動向を見るだけでも、新たな時代に突入しつつあることをわたしたちは実感できるはずです。ちなみに「欲しいモノがなくなると、世界がこんなに変わる。」というキャッチフレーズで菅付雅信氏がいまの時代を分析している『物欲なき世界』という本が参考になりました。面白い本でした。

物欲なき世界

物欲なき世界

 

モノの所有が幸福のシンボルではなくなったという最近の他の傾向の一つにミニマリストという生き方を選択している人たちの存在があります。時代はモノを「持たない生活へ」へとシフトしていっているのでしょうか。ミニマリストの生活では、部屋にはベッドがなくて布団だけ。必要なモノだけあり、部屋はとてもシンプルです。

ジャーナリストの佐々木俊尚さんは朝日新聞( 2016.10.27)で「規格化された生活を行うのではなく、街全体が自分の家であるという感覚にシフトしてきている。ミニマリストが成り立つ背景がそこにある。未来の生活ってそういうところにあるのではないかと感じます」と話しておられます。

わたしは個人的には思い出の詰まったガラクタがあった方が楽しいかなとは思います。けれどもこのミニマリストの台頭は、物質主義から物欲なき世界へとヒトの価値観が移行している一つの現象と言えるでしょう。

わたしは何事もほどほどで良いたちなので、とことん高級志向でマテリアリスティックに走るとか、もしくは究極のミニマリストになるとか、極端にどちらかに振れるヒトは何か危うい感じがするなぁと感じています。けれど、時代はモノを持たないで生活をエンジョイしようというように流れているのは確かです。 ちなみに『ぼくたちに、もうモノは必要ない』や『服を買うなら、捨てなさい』はそんな時代の流れを見せてくれる本でした。

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -

 

 

服を買うなら、捨てなさい

服を買うなら、捨てなさい

 

 

2.お金持ちの定義が変わった。貨幣には実体がなく、信用にこそ実体があるお金の未来

クラウドソーシングを運営するクラウドワークス・吉田浩一郎氏が以前にログミーでITビジネスやプラットフォームに詳しい尾原和啓氏と貨幣経済の"次"にくるものについて語っています。

吉田浩一郎: けんすうもブログで今後はURLも不要になるのではないかと書いてましたね。あえてすごいボールを投げてみると、貨幣経済が終焉に近いのかもしれないと思っていて……。
尾原和啓: さすが(笑)。
吉田浩一郎 なぜかといえば、貨幣経済は常にお金を貯めたヤツが偉かった。Googleに置き換えるとURLや情報がお金です。クラウドワークスでも2015年の新卒のリクルーティングをしていますが、今の若い人はお金の多寡(多いか少ないか)は重要ではなく、そのお金をどう使っているのかが重要だと考えています。
つまり、億万長者がうらやましいのではなく、億万長者がお金を使って社会貢献をしていることや、自分の家族を幸せにしていることが重要だと考えています。人そのものに対して価値が出来つつあるという感じがしています。

『「モノ」から「人」を売る時代へ ITがもたらす貨幣経済の終わりと”新たな価値” – 吉田浩一郎×尾原和啓

ヒトはお金持ちが持っているモノには関心を示さず、どうお金を社会貢献や周りを幸せにするかそのストーリー(物語=モノ・語り)に関心を示すようになったのです。お金はますます「モノ」から離れ、「コト」になっているということです。

『貨幣という謎』(NHK出版 2014年)で著者の北海道大学経済学教授の西部忠氏は、さまざまな領域で実際の貨幣や硬貨ではなく、電子のお金が飛び交う現在をお金の「情報化」ととらえています。*4

貨幣はその素材の性質や希少性に依存しない情報やデータ、あるいはそれらを処理するプログラムへと近づいており、いわば”モノ”の部分を徐々に捨て、”コト”として純粋化しつつあります。「貨幣という謎」(NHK出版 2014年)西部忠

 

 

わたしはお金の専門家ではないので、まずはそもそもお金とは何だろう?と考えます。お金は硬貨や貨幣といったモノから離れ、情報になり、そして信頼の証になっているとすると、これからの「お金持ち」は「信頼を多く得ている人」ということになります。お金はもはやモノではなく信用のシステムなのですね。

いまはお金の定義が大きく変化している時代だと実感できるのは、一般人の私の生活にも昔とは違うお金の使い方やサービスが当たり前になっているからです。たとえば実際の生活ではさまざまな決済サービスが登場して活用されています。ペイパルやスクエアなどご存知ですよね。今では日本のあちこちでもお店でiPhoneiPadに数センチ平方の小さなカードリーダーが付けられ、サインは画面上で行います。わたしは美容院に行ったら、スクエアで料金を支払ってます。最近日本でもアップルがApple Payというサービスをスタートさせました。このほんの数年で大きく決済サービスが変わってきています。

電子マネー以外にも航空会社のマイレージやアマゾンのポイント、TSUTAYAのTポイント。これらもお金のような交換手段ですね。わたしたちはいまは日常的にネットで買い物をし、TSUTAYAのTポイントカードで雑誌を買ったり、美容院でカットしてもらえばスクエアで支払いをすませる。そう、電車もsuicapasmoを使って乗っています。さまざまな領域で、実際の硬貨や紙幣ではなく電子のお金が飛び交う時代になってきています。辺境に住む普通の主婦にもつくづく実感でき、時代が変わってきたなと感じるわけです。

 

3.「モノ」から「ヒト」もしくは「モノ・ガタリ(物語)」を売る時代に

「モノ」から「ヒト」を売る時代に入ってきたとログミーの対談で吉田氏と尾原氏は語り合っていました。正確に言えば、単なる「モノ」ではなく、これからの時代は私たちは「モノ・ガタリ(物語)」を求めていくようになるのでしょう。つまりは「コト」です。

尾原和啓:フローでモノが簡単に繋がるようになると、もっと直接的にモノ自体を交換することができるようになる。行き着く先は、何を売るかよりも、人を売るという話になるんですね。本の中でも「物ではなく物語を売る」という楽天の話をしましたが、本当の最後の最後は物語ですらなく、自分という人生、自分というストーリーを売っているんですね。

『「モノ」から「人」を売る時代へ ITがもたらす貨幣経済の終わりと”新たな価値” – 吉田浩一郎×尾原和啓

logmi.jp

「モノ」ではく「ヒト」に焦点が当たるようになった。熊楠流にいうと、「コト」にフォーカスが行く時代になってきました。あなたの「生き方」が最後の商品となる時代になったということです。

モノの捉え方が変わってきたため、幸福のあり方も変わらざる得ない。幸せ=お金持ちという図式はすでに古くなってきており、個人の思想やココロのあり方が含まれていて、かつ他の人とも価値観を共有できる「良い物語(モノ・語り)をもった人生」がこれからの幸せの定義となるでしょう。

メディアで一番語られている単語のひとつが「ライフスタイル」なのだと編集者の菅付雅信氏は話しています*5菅付氏いわく、ライフスタイル・ブームとは消費社会の成熟を示すものだそうです。ヒトは単に商品(モノ)がほしいのではなく、その商品(モノ)にまつわる物語や生活提案を求めているのでしょう。たとえばライフスタイルマガジンといわれる雑誌が急増していますよね。前の朝ドラのととねえちゃんの「あなたの暮らし」はその元祖といえる雑誌ですが、洋書や洋雑誌が充実している代官山の蔦屋の書店員さんに以前聞いたところ、「キンフォーク」というライフスタイル雑誌が人気になっているとのこと。いままで洋雑誌の王様的存在だった「ヴォーグ」など、この書店では片隅におかれていて、さまざまなライフスタイルマガジンが中央にどかんとおかれていたのが印象的でした。

KINFOLK(キンフォーク)が生まれたのはアメリカのポートランド。全米で住みたい街No.1と言われるポートランドは近郊に豊かな自然が広がっています。オーガニックとアートの街と言われるクリエイティブな雰囲気と、時間と環境を大切にしながら豊かな暮らしを紡ぎ出すライフスタイルが、この雑誌を生み出す素となったそうです。KINFOLKの「KIN」は英語で親族や親類という意味で、「FOLK」には人々、家族という意味があります。コンピュータから離れた大事な「コト」を伝える姿勢が人気なのですね。

  

KINFOLK JAPAN EDITION VOLUME ONE (ネコムック)

KINFOLK JAPAN EDITION VOLUME ONE (ネコムック)

 

 

4.IT革命によってロボットやコンピュータが人間から雇用を奪うのか

MITスローン・スクールに所属するエリック・ブリニョルフソンとアンドリュー・マカフィーの二人が「IT革命によって機械が人間から雇用を奪うのではないか」というテーマに関する考察を一冊の本としてまとめました。私のように、普通に日本で庶民として生活している者からすると、今ひとつまだピンとこなくてSF映画にでてくる話みたいとも感じていました。けれどエリック・ブリニョルフソンとアンドリュー・マカフィーの二人の話を聞くと、なるほどと納得するところがあります。

機械と競争する未来がもうすでに始まっているのはジャンルによってはすでに事実です。確かにIT技術の発展により多くのものが自動化され、便利にもなり、以前あった銀行の窓口業務や駅の改札の仕事など大幅に効率化されました。便利な会計ツール(ソフト)もでてきて、以前のように高い報酬をはらって専門家に計算していただく必要もなくなりました。自動車も自動運転できる自動車が登場してきています。機械が人間から雇用を奪うという未来にどう対処したらよいのか。わたしはますます「コト」の重要性を感じます。ヒトは”物語”なしには生きてはいけないからです。

エリック・ブリニョルフソンはTEDで「機械に未来を託してはならない。人間が未来をつくるのです」と結論付けています。機械の技術革新を恐れたり機械と競争するのではなく、機械とチームメイトになることが肝要でしょう。ちなみにエリック・ブリニョルフソンのTEDはおすすめ。こういったプレゼンテーションはまだロボットにはできないですよね。

  

機械との競争

機械との競争

 

 

digitalcast.jp

 介護や災害現場などでのロボットの活用が議論されていますが、介護に関しては、ロボットができるのかと非常にわたし自身とても疑問に感じていました。人と人のふれあいは、介護では大きな意味をなすからです。けれども昔、母が長年祖母を介護していて、お風呂に入れるとき、毎回簡易風呂を組み立てて、バケツで何回も往復しお湯を運んで入れ、祖母を母が抱きかかえてお風呂に入れるその作業はかなりの力仕事を要するものでした。そのころは今のような支援サービスも充実していなくて、母は大変だったと思います。なんとか機械の発展によって介護の作業の一環が少しでも楽になると良いと思いますね。そういえば理化学研究所が下のような介護ロボットを開発されていますね。

http://iryou.chunichi.co.jp/img/article/201502/20150225140352830/20150225140352830_50046e864904a8f542c1b903cb76bd04.jpg

写真引用:

つなごう医療 中日メディカルサイト | 介護ロボ 実用化へ“成長中”

  

自動的に簡易風呂をセットしてくれる機械とか今はもうすでにあるのでしょうか。あったらいいなと思います。腰を痛めないですみます。あと、官邸の屋上で見つかった小型の無人航空機「ドローン」が多くの問題を提起したこともまだ記憶に新しいですよね。

今のロボットやコンピュータには予測されたことには対応できますが、予測不可能なことにはどこまで対応できるでしょうか。予測不可能なことに対応できるのは、人間の良さではないでしょうか。ただロボットやコンピュータにはできないけれど、人間にしかできないことは何か考えることも良いですが、ロボットやコンピュータと人間の知恵の組み合わせで何が新たに生まれるか、できるかを考えるのもクリエイティブでヒトを知的に興奮させてくれますね。

「ヒトが未来を形づくるのだ」とTEDでエリックも力説していました。ロボット(機械・モノ)と競争するのではなく、ヒトと機械(モノ)がチームワークを組む。これはどんなロボット(機械)よりも勝るものとも話しており、共感しました。

 

5.百年生きる長寿化社会の到来

50代60代を迎え、俺ってもうジジィだなぁとうちひしがれているようでは話にならない時代の到来です。私たちは今、100年ライフを迎えているのです。日本では100歳以上の人は6万1000人を超えたそうです。*6これまでの人生のさまざまな決定の基準にしていた見本・ロールモデルが役に立たなくなるということです。これまでのライフプランはもう参考にはならず、多くの変化を要求されるようになります。長寿化時代に人生のありかたは根本から変わります。おそらく、わたしたちは70代、さらには80代まで働かなくてはならないでしょう。そして労働市場に存在する職種は大きく入れ替わり、新しい職種とスキルが登場してきます。この急速な変化のなかで、80代まで働き続けるとしたら、手持ちの知識だけでは最後まで生産性を保てないのは確実で、人生のうち何度か変身をとげ、学び直しとスキルの再習得に投資する必要がでてくるでしょう。人生全体を再設計しなければならなくなりましたが、私も含めて私たちのほとんどはそれに対しての準備ができていないのが現実ではないでしょうか。長寿化は社会に変革を起こすとリンダ・グラットン氏は論じています。人々の働き方や、教育のありかた。結婚の時期や相手、社会における女性の地位も大きく変わると言います。あなたとわたしが何歳であろうと、新しい行動に踏み出し、長寿化時代への適応を今すぐにでも始めないといけない乃は明白です。どうしよう・・・(汗)。長生きするかもしれないですから、わたし・・・。このテーマに関してのオススメの本はこちらです。

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

 

 

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さてもっとあるかもしれないけれど、以上5点をもって、わたしは「いまわたしたちは新たな時代を迎えている」と言うことができます。

わたしは前回の記事で未来のパラダイム転換に向けて南方熊楠の思想が大きく貢献すると書きました。偶然性と必然性の両方の要素を見て、知られざる未来に向けて社会化することが大切とも述べました。

南方熊楠の思想は百年前のものです。しかし、なぜいま南方熊楠の思想がいまの私たちにとって大切なのかは答えは明白です。熊楠はきわめて創造的であった。異質なものを対決させ、組み合わせ、新しい思想やビジョンを打ち出すことができた。熊楠の生き方そのものが、未来を象徴する物語としてわたしたちに示唆するものが大きいです。

ではこれから南方熊楠の何がこれからのわたしたちにどういったヒントを与えてくれるかを一つ一つ話しましょう。けれど、あれ?さっき過去の考え方やモデルはもう役に立たないって話してなかったっけ?とこのようにひょっとして思っていませんか。いいんです。過去の芸術家や思想家の生き方や思想の引き出しを明けると、私たちは連想ゲームのように発想を豊かに広げていくこともできる。歴史の引き出しを明けると未来が見えてくるのです。

では、南方熊楠の魅力を話していきましょう。 

・欧米のマネではなく、独自のビジョンを打ち出した熊楠

南方熊楠には独自のビジョンがありました。彼が生きた明治の時代、多くの人は「最新科学で武装した欧米列強をまねて、オレたちも強くなろう」と考えていました。けれど熊楠は欧米のマネには何の価値も見出さなかったのです。欧米に留学した他の明治の日本のエリートたちは、最新の欧米の学問を学び、日本にそのまま持ち帰るということにかけてはとてもうまかったようです。一方南方熊楠にとって欧米人と同じ土俵で戦うのは難しいことではなかったのですが、それでは気に食わない。「日本人が目指すべきものは、もっと別のところにある」と直感していました。*7

gendai.ismedia.jp

これからの生き方に求められるのは、前述したようにあなたの人生にモノガタリ(物語)があることが大切になってきます。モノだけにフォーカスするのでなく、コトの人生を展開するには、熊楠のように独自のビジョンを持つ事がとても大事になってくるのです。

南方熊楠がいかに創造的であったか、過去のわたしのコラムを参照ください。

glocalmisaki.hatenablog.com

 

・世間の前例や常識を疑った生き方をつらぬいた。

変で、いい。そんな世間の前例や常識を疑う南方熊楠の生きざまは、変化を要求する今後の未来の社会で生き抜くための大きなヒントになります。100年ライフを迎えつつある今、私たちは人生のなかで何度か変身することを要求されます。その時に過去の常識、前例やモデルに縛られていたら、変身をとげる足かせになってきます。

南方熊楠へもちろん大学や研究所への就職を世話しようとしてくれる人もいたそうですが、「肩書きがなくては己れが何なのかもわからんような阿呆共の仲間になることはない」と、熊楠はそれらの肩書き職を断り、自然と向き合いながら研究を続け、論文を書き続けたそうです。*8

 なんか、めちゃくちゃカッコいいですね!肩書きにとらわれていたら、新しい人生のステージに立ったとき、多様化する選択肢を前に時間をムダにすることになります。

「出身校も経歴も肩書きも年齢も収入もまったく関係ない、好奇心と体力と人間性だけが結果に結びつく」と編集者の都築響一さんは著書『圏外編集者』(朝日出版社)の中で、このようにおっしゃっています。

南方熊楠は以前にも述べたように中卒の大学者です。生涯、組織に属さないで無位無冠、独学を貫いたわけで、あふれるばかりの好奇心と強靭な体力、人々を惹きつける人間性を持ち、波瀾万丈の人生を歩みました。南方熊楠の生き方に私たちは今後の100年ライフを生き抜くための知恵のヒントを得られると思います。自分が面白い!と思った好奇心の持てる分野で仕事をできるのが今後の幸せの一つの基準となるでしょう。

 

・地球はひとつ、されど己が住むところにおいてその地球をとらえた。

 南方熊楠はグローバルに考え、ローカルに行動した人です。それも百年前に!過去の人でなく、今の私たちの一歩前を既に歩いていた訳ですね。

彼は粘菌の研究においても、また民俗学の比較においても、「地球はひとつである」ということを示しました。そこだけでは留まらず、ローカルの地の田辺にて、自分の棲むところで、その地球をとらえることを実践したのです。

その一つの実践が、神社合併反対運動でした。自然の破壊は人間の破壊ととらえ、自然の破壊が起こるとき、ただちにそれをくいとめる働きをするという行動原則を持っていました。*9

鶴見氏によると、彼が住んだ田辺市とその付近の自然の国および県の指定の文化財89件中、約半分は神社関係で、文化財に指定されている植物は、すべて神社に関係があり、南方熊楠が保存に努力したものが多いそうです。

人生の前半を海外での漂白にすごし、残りの後半の人生では家族の事情により故郷の田辺市に定住した南方熊楠は「縛られた巨人」と呼ばれていたようですが、結果的に国を超える思想に自信をもって達する事ができたわけです。

南方は欧米とは違う独自の思想を生み出し、それをグローバルにローカルの地から発信しました。中沢新一氏は、この南方のグローカルな生き方をこのように述べています。

熊楠は、「国際的」であることなどに、何の価値もみいだしてはいない人だ。それよりも、彼は「世界」であろうとした。・・・自分の使命として、市民性から出て精神的なものへ、大きく伸び上がっていった日本人をめったにみいだすことはできない。彼は、市民の世界に足を下ろしながら、それをはるかにこえ出て「世界」への成長をめざした。「森のバロック」p54中沢新一

 

・自然の循環の法則を取り入れた新しい技術の開拓をめざした

これまで述べたように、南方熊楠は自然と共生する技術という考えをもっていました。これは未来を先取りしていたということです。*10

自然支配の技術観が、公害を生み出してきたわけで、自然環境を破壊することによって、人間そのものを崩壊させている現代のこの地球の状況に対して、南方の実践行動やその自然と共生する考えはこれからの地球の未来にとって、とても大切になります。

鶴見和子氏によると、結局、南方植物研究所は実現しなかったそうですが、南方が栽培した藻から寒天を作り、寒天によってバクテリアを培養し、バクテリアによって空中の窒素を分離するという発案は、自然循環の法則を人間が取り入れて、技術化するという考えです。このアプローチは、自然を人間が人工の法則によって支配するという原理にもとづく機械文明の技術観とは異なるわけです。南方の自然と共生する考え方は、近代日本の独創的な思想家として高く評価されるのは、いま地球上で起こっている様々な人間の問題を解決する水路の”尽きせぬ泉”が彼の思想の水脈にあるからだと鶴見和子は述べていました。そのとおりだと思います。

 

さて、以前のコラムで南方熊楠の偶然性と必然性について述べました。予測不可能な未来の社会で幸せに生きるには、因果律を唱える近代科学の思想だけでは限界があるでしょう。詳しくはこちら↓

glocalmisaki.hatenablog.com

 ここに一言す。不思議ということあり。事不思議あり。物不思議あり。心不思議あり。理不思議あり。大日如来の大不思議あり。予は、今日の科学は物不思議をばあらかた片づけ、その順序だけざっと立てならべ得たることと思う。・・・

これらの諸不思議は、不思議と称するものの、大いに大日如来の大不思議と異にして、法則だに立たんには、必ず人智にて知りうるものと思考す。・・・この世間宇宙は、天は理なりといえるごとく(理はすじみち)、図のごとく・・・前後左右上下、いずれの方よりも事理が透徹して、この宇宙をなす。・・・その捗りに難易あるは、・・諸事理の萃点ゆえ、それをとると、いろいろの理を見出すに易くしてははやい。・・・すなわちいっさいの理が、心、物、事、理の不思議にして、それの理を道筋を追従しえたるだけが、理由となりおるなり。「事の学」南方熊楠 「南方熊楠・萃点の思想」鶴見和子著p61 藤原書店』

このように、南方熊楠は、事不思議ー心が物をどのように認識するかの学にもっとも力を注ごうとしたのです。モノとココロとコトの学。これらをキーワードとして、現代の社会を見つめると、面白いでした。南方は、百年前に事不思議の世界に気づき、思想を構築したのです。

多様なものが交流する場・萃点の思想がこれからのパラダイム転換に必要です。異質なものを排除するのではなく、ぶつかり合いながら組み合わせる。西欧の科学と東洋の古代仏教という異質な思想を、自己のなかで格闘させることで、世界において新しい方法論にたどり着いた南方熊楠の生き方と思想は今後の私たちの生き方に大きなヒントを与えてくれるのです。

 

今日は長くなりました。最後まで読んでいただいてありがとうございました。

んじゃねー。

*1:パラダイム転換」という概念は、トマス・クーンの『科学革命の構造』に基づくものである。クーンは最初、特定の科学者集団によって共有される価値観、技術、法則などをひっくるめて、パラダイムとよんだ。新しいパラダイムが旧いパラダイムにとっててかわることを「パラダイム転換」と呼んだ。「南方熊楠萃点の思想)p137

*2:南方熊楠」p84 講談社 鶴見和子

*3:「物欲なき世界」平凡社 菅付雅信著p242

*4:「物欲なき世界」菅付雅信著 平凡社p174

*5:4.「物欲なき世界」菅付雅信著 平凡社p10

*6:ライフシフト」リンダ・グラットン著 東洋経済新報社

*7:「天才・南方熊楠が見ていたもの~彼は日本版ダ・ヴィンチか18か国語を話す、超人的な知性。」中沢新一 現代ビジネスプレミアム 講談社 2016.5.26

*8:出典:肩書きがなくては己れが何なのかもわからんような阿呆共の仲間になることはない。~南方熊楠【科学者の智慧 vol.09】 | FUTURUS(フトゥールス)

*9:南方熊楠」p239 鶴見和子著 講談社

*10:南方熊楠」p241 鶴見和子著 講談社