Misakiの曼荼羅ブログ

人間と自然、日本と世界、地球と地域、女と男などの臨界点を見据えながら、日々の出来事を綴るブログ

森の中の二つの道

美咲です。

ソ連ユーリ・ガガーリンが世界初の有人宇宙飛行が成功を収めた後、アメリカのジョン・F・ケネディは国民の心像を掴むような宇宙計画を模索します。ケネディ大統領は、1962年9月12日のスピーチの中で、宇宙の時代になると予言しました。*1それが現在どの程度実現されているかどうかは分かりませんが、ここで分かるのは、月に行こうと決めた時は、簡単な事だから決めたのではないと言うことでした。

人類で3番目に月面に着陸し、人間で初めて月でダンスした男と自称した、チャールズ・ピート・コンラッド元米国宇宙飛行士は、月に行くと決めたのは、困難だから決めたのだと1986年の天理国際シンポジウムの講演で話されていました。

 ”月に行こうと考えた時、簡単だから決めたのではありません。困難だから決めたのです。全ての人類の進歩のためにあえて決めたのです。

 私たちの視点を小さな自己から離して、巨大な宇宙という観点に移さねばなりません。たしかに月に行くことは新しい試みでした。そこに我々の冒険が始まったのです。”

チャールズ・ピート・コンラッド元米国宇宙飛行士 『G-TEN No.57 心の宇宙・宇宙の心』p7

 コンラッド元宇宙飛行士は、講演では、ご自身がどのように宇宙計画に貢献したかを振り返る時、ロバート・フロストの詩を思い出すと話されていたそうです。コンラッド元飛行士が思い出したのは、”森の中に二つの道があり、ほとんど道らしからぬ道を選んで歩いたことが、後に素晴らしい結果につながったという意味の詩です。”以下がそのロバート・フロストの詩です。この詩はどうやらアメリカン・ドリームの象徴のようです。

https://joanneeddy.files.wordpress.com/2015/08/two-paths-in-the-woods-copy.jpg

画像出典:The Road Less Traveled – A Lesson on What Makes a Difference | joanneeddy's blog

The road not taken(選ばれざる道)

Robert Lee Frost  ロバート・フロスト 


Two roads diverged in a yellow wood,

And sorry I could not travel both

And be one traveler, long I stood

And looked down one as far as I could

To where it bent in the undergrowth;

夕焼けに染まった森の中で、道が二手に分かれていた

残念だけど、両方の道を選ぶことはできない

私はどちらを選ぶか長く考え立ち止まり、片方の道に目をやった

その道は、多くの人が通り、踏みならされているが

先の方で道は折れ、薮の中に消えている

 

Then took the other, as just as fair,

And having perhaps the better claim,

Because it was grassy and wanted wear;

Though as for that the passing there

Had worn them really about the same,

それから、もう一方の道に目をやった

そっちは誰も通らない道で、草が生い茂っている

私にはそっちの道のほうが、とても魅力的に見え、その道を歩き始めた

わたしは自分の歩む道は、自分が作らなければならないと思ったから


And both that morning equally lay

In leaves no step had trodden black.

Oh, I kept the first for another day!

Yet knowing how way leads on to way,

I doubted if I should ever come back.

あの日の朝 ふたつの道はどちらも等しくそこにあった

草のあいだに誰かの黒い足跡が残っているわけでもなかった

あっちの道はまたの機会にしよう、と思ったが、

二度とこの場所に戻ってこないことを、私は知っていた


I shall be telling this with a sigh

Somewhere ages and ages hence:

Two roads diverged in a wood,

and I―I took the one less traveled by,

And that has made all the difference.

私はいま、昔のことを思い出し、ため息をついた

ずっと昔、森の中で道が二手に分かれていた

そして私は、人が通らない道を選んだ

その道のりは、想像を超えるほど大変なものだった

しかしそのことが、どれほど私の人生を刺激的で、

おもしろいものにしてくれたことか*2

ピート・コンラッド元宇宙飛行士は、1962年9月に宇宙飛行士として選ばれ、月に行く訓練を受けました。当時、月に行くためには二つの問題があったそうです。

一つは、果たして人間が無重力でいきられるだろうかという問題です。月に行って、地球に戻る間の無重力状態の期間に人間は耐えることができるだろうかということです。当時は無重力の環境では人間は生きられないと考えられていました。 

二つ目の問題は、月に行くためにアメリカの宇宙飛行士が選んだ方法はランデブーでしたから、宇宙空間の中で何物かとランデブーが可能であることを実証しなければならないことだったそうです。当時はランデブーは難しいと考えられていたそうなのです。*3

この2点だけでも、宇宙に出て月に行って地球に還ってくることが新しい試みで、冒険でもあり、本当にスリリングな経験といえるのです。

ソビエトはその頃すでに宇宙に人間を送っていましたが、アメリカの場合は1965年のジェミニ計画で上記の2点の問題を実証したのです。14日間、人間を宇宙に送り、その安全性を確認し、他の物体とのランデブーもやりとげたと、コンラッド元宇宙飛行士は講演で述懐されました。

私自身の歩んできた人生の道を考えると、敢えて人の通らない道を選んではこなかったと思います。普通の人生(道)を選んだつもりが思いがけない偶然が重なり、人が経験しない人生(道)を歩む時期もありました。偶然が必然を生む。そういう道もあるのですが、これはある意味消極的な道の選び方かなと、私の場合は勇気なかったなと振り返っています。

当時の初期の宇宙飛行士達は敢えて、けれども、困難だから、敢えて誰も通っていない草ぼうぼうの道を選ばれたのです。そして、だからこそ後に素晴らしい結果につながったのでしょう。彼らに元々その選択をする勇気があったからと心より尊敬しています。

コンラッドさん宇宙飛行士たちはは月面で何を感じたのか、どう感じたのかのでしょうか。次回くらいにまたお話しますね。

んじゃねー!