「からだの声」を聴く宇宙飛行士
美咲です。
先日48歳になりました。信じられません。気分はまだ28歳なのに(苦笑)。いやーこの20年あっという間だったな、とつくづく実感しています。とはいえ、この年齢になると、悲しきかな、体のあちこちにガタがきます。ですから運動大嫌いの私もこのところ運動をこころがけていますし、食事にも気を付けています。もともとからだは強い方ではありませんでしたから尚更です。
では、話しを宇宙に戻しましょう。科学技術に信頼をおいている宇宙飛行士たちはどう宇宙で「からだ」と向きあっていたのでしょう。
レべデフ宇宙飛行士の宇宙日記
ヴァレンティン・レベデフ(元ソ連宇宙飛行士)という宇宙飛行士をご存知でしょうか。彼は宇宙日記の著者で知られています。彼はソユーズT-5号で1982年5月13日にバイコヌールより宇宙に飛び立ちました。サリュート7号宇宙船とドッキングを行い、長期間にわたって宇宙船内でさまざまな研究と実験を行うとともに、ソユーズT-6号によるソ仏共同飛行と、ソユーズT-7号とのドッキングの主役をつとめ、211日9時間5分におよぶ当時の世界最長期間宇宙滞在記録を打ち立てました。*1。
帰還後の1983年に『プラウダ』誌上にレべデフの日記から抜粋された長文の記事が掲載されましたが、さまざまな理由でロシア語で一冊の本としては出版されていないそうです。英訳本は出ていたので、その本を取り寄せ、レべデフに直接会いに行ってインタビューもした井上昭夫教授は「宇宙船で与えられた仕事外の時間を利用して日記を書くのは、まさに強靭な精神に裏付けされた意志と忍耐が必要だったでしょう」と話していました。
船内は無重力に近い状態だから物理的にも力がいります。宇宙飛行士は無重力空間を浮遊しながら仕事をしています。そこには上下左右といった固定された方向感覚がないのです。それはどんな感じかと言うと、地上にいる私たちが天井に貼りついてある日記帳に床に立ちながら手をかざして書いているような感じなのでしょうか。私たちが地球上では無意識でいられる重力のもつ問題が、重力から解放された宇宙ではさまざまな面で最重要となり、苦痛ともなります*2ですからほとんどの宇宙飛行士は個人日記というものなど書きませんでした。そういった余力などないのです。けれど、レべデフは例外でした。
レベデフは、1982年5月13日のソユーズT−5号による飛行直前に、次のような七か条の宣誓を行ったと日記に書いたそうです。
飛行直前の宣誓
一、搭乗中に起こるいかなる困難に際しても、私は理性に従い、感情に走らない。
二、怒ったような言動はとらない。
三、トリア(同乗者)が間違っていたとしても、私は自分自身の中にそれを受け入れて、彼に手を貸す。もし私が間違っていれば私はそれを自ら認める強さを持つ。
四、私は同乗者が彼の激務故に尊敬に値するということを忘れない。彼には善良な家族、友人、そして彼を信頼する人たちがいる。
五、いかなる状況においても、自制を保ち荒々しい言動をつつしむ。
六、任務の成功は私たちにかかっていて、私たち二人が成し遂げる仕事によってのみ私は宇宙飛行士として、また、人間として評価される。
七、私は意志が強固で、理性的な人間であり、この任務を間違いなく完遂するー私はここに至るまで長い道程を経てやってきたのだー
ヴァレンティン・レベデフの宇宙日記より(「こころの進化ー【宇宙意識】への目覚め」フォレスト出版 井上昭夫著 p174)
画像出典:KSP History Part 127 - Salyut 7 EO-1
右がレべデフ宇宙飛行士。サリュート5号でベレゾボイ宇宙飛行士と。実はあまり仲が良くなかったらしい。
ヴァレンティン・レベデフ元宇宙飛行士
画像出典:Cosmonaut Biography: Valentin Lebedev
宇宙飛行は長時間閉じ込められた無重力空間という極限状態のなかで、複数の人間が共存せねばなりません。ですからこういった心構えが必要だったのでしょう。この決意は現代の数多くの人間関係にまつわる問題を解決するヒントになるかもしれません。
宇宙飛行士は科学技術の最先端にいる方たちです。トレーニングは十分になされているでしょう。科学技術は、物事を分析したり、統合したり、開発したりなどの”男性原理”のプロセスによって発達してきた分野です。宇宙船内での仕事、実験、規則正しい生活をこなしていくには「強い意志」と「理性」によって、自らの身体の調子をまず決められたエクササイズを通して確実にコントロールしていかなければならないものと、レべデフ宇宙飛行士にインタビューした井上教授は考えていたそうです。けれども面白いことにこれらレべデフの宣誓同乗者との人間関係を円滑に行うことや心理的状況についての自己規制が要点となっています。
「からだの声」に従って自然にこなした
多忙な仕事の合間をぬって、体力トレーニングを定期的に行うのは宇宙飛行士にとっては絶対に欠かすことのできないトレーニングです。なぜなら、重力に被われた地球に帰還したのちの体力回復も目的ではありますが、医師のいない宇宙船では、宇宙飛行士の健康と体力維持が最重要課題となるからです。
インタビューではレべデフは睡眠時間や肉体トレーニングの時間などは、規則的な時間割りに従って、いやな時にでも「強固な意志」で時間どおりに無理に行ったのではなくて、「からだの声」にしたがって自然にこなしたとおっしゃったのだそうです。「からだが眠い」という時に眠り、からだが運動をやろうじゃないかといったときに運動するという具合で体調がコントロールされたのだそうです。彼は少なくとも理性や地上のコントロールセンターの指示によって定められたエクササイズをこなしたわけではなかったのです*3
どうやらイチローもこういったタイプのようですね。彼はコーチの助言や自分の作ったメニューで肉体をコントロールするというよりも、「からだがこういうフォームで打て」というのでその声に従って打っているだけと『日経ビジネス』で話していたそうです。
また、私は実践したことはないのですが、野口体操をご存知でしょうか。野口体操の指導者の元東京芸術大学教授の野口三千三(みちぞう)氏の体操は脱力の感覚を磨くことで知られていますが、野口教授は『からだに貞く』という著書では「からだの声は神の声」という氏自身の実践を通して得た原則で身体論を述べています。野口氏は「からだの声に耳をすます」ことにフォーカスをおいたようです。
「からだの声を聴く」ということ。そこに神の存在があってもなくても、「からだの声」に耳をすますこと、そのメッセージを聞き分けることは、時には「理性の声」に従うよりも大切なときがあるのではないかと、私はこの年齢になってこのごろ身にしみて感じています。
私は信仰のある家庭で育ちました。で、病気をしたときの親の教えというものはどういったものであったかというと、「やまい(病)は神さまからのお手引き」というものでした。つまり「やまいは神さまの声」であって、「やまいには神さまのメッセージが込められている」ということでした。だから、病気をすることで神さまと接近し、対面する機会を与えられたのだから、感謝しなさいという教えでした。病気をして、ヒーヒー言っているときに、「喜びなさい」と言うのだから、たまったものではないと子どものころから思っていました。
けれどもこの年になってくると、そういった親のおしえというものが身に染みてくるようになってきました。そこに信仰や神の存在がなくても、「からだの声」に耳をすませてみるセンスを磨くことは大事なのでしょうね。
んじゃねー。